一部執集

― 怠慢と追求の巧い駆け引き ―

十階のモスキートとかコミック雑誌なんかいらない!の番宣とか予告の動画眺めながら、、、そういや本も買って読んだんだけど内田裕也って実はスゲー人やったんやね。ビックリしちゃった。

日本でここまでRock'n'Rollが、何十年何世代にも渡って昔と姿形変わらずRock'n'Rollとして聞き継がれてるミュージシャンが少なすぎるのは

やはり昔ながらの国民性。善は称え、悪を徹底的に叩く主義の国の国民性はやはり少なからずある。

 

別に全くその時代の人間じゃないし分からんからただの憶測でしか判断のしようの無いことやけど

PresleyやBill HaleyやChuck Berryらが出てきた50年代米国のRockabillyや

60年代に英国からのBEATLESやStonesやWhoらの出現

それらの向こうの本物のRock'n'Rollルーツが日本に流れ込んで知れ渡って、

それまでジャズやクラシックこそが西洋の音楽、そして高貴なブルジョアジーこそ嗜むべき物とされていた時代から、全く見たことも聞いたこともない、今までの常識を根底から覆す前代未聞の文化が舞い込んでくる。

肩パットスーツやダブルベンツに革やデニムを羽織り、髪はロン毛にリーゼント、鳴らす音といえば耳を劈く轟音。

その全てから醸し出す空気というのはやっぱ、

Rock'n’Roll特有一目瞭然の悪そうな空気

漢たるもの「悪い」もの、「悪い」と「カッケー」ってのは絶対的イコール。

Rock'n'Roll音楽なんて、そんな「悪い」奴が演る、聞く、音楽形態のまさに代名詞というか。

『男がクラシック。ジャズ。っはン、何ボッチャン気取ってやがんの?

男なら黙って、怒れる悪い大音量音楽「Rock'n'Roll」じゃなきゃ』、って。

今と時代から考えると無論ずっと昔のほうがRock'n'Rollをそういった本来の姿である所のRock'n'Rollとしての一つの表現、芸術の形として捉えてる時代があったと思う。

まぁただただがむしゃらにどストレートに、ギター下げながらマイクに向かって叫ぶっていう今でこそどこでも見るそのスタイルがあまりにも斬新で新鮮で、それこそ純粋に惹かれる奴がいた

だから今もわずかながら一ジャンルとして生き残っては居るんやろうけど

あの時代、海外のあんなミュージシャンが世に出てきたもんじゃ、日本はそっらもうテンヤワンヤの大騒ぎやわなぁ、

そしてその時代一番多感になる学生だった奴らにとっちゃ、まーーーー、えらこっちゃ。

海外のバンドに感化され倒した日本の色んな奴らが、成りきって真似してバンド組んでは学生時分から酒煙草に、大人教師は叩き、どこかしこでもギター片手に愛や恋や怒りや憎しみや嘆きを歌うわ叫ぶ、

でも、海外より圧倒的にルールに厳しい御堅い国。偉い人たちはこういう都合の良い時にだけ白々しく使います常套文句「歴史と伝統を」。

新し物好きの癖して新し物を受け入れようとしない精神(笑)

演る側にしても本当に海外のようにStonesやAC/DCAEROSMITHのように何年何十年もそれ一点張りで演り続けれるほどの需要はあまりに少なすぎた。

本当に、7-80年代~今の今までスタイルを殆ど変えずやってる、かつ未っだに第一線で行ってる日本のRock'n'Roll音楽家なんて、多分数えれるくらいしかいない。

永ちゃん、ヒロトマーシー氷室京介もちょっと前に活動休止発表しちゃったし、布袋寅泰、サザン、……他誰おるやろう

 

マーケティング的な意味でも音楽的スタンス的意味でも

その時代その時代の流行、トレンドを取り入れていかんならん中ででもずっと変わらんもん、ルーツをずっと手放さんとやり続けていくバンドに対する、昔ながらのスタイルを常に崩さんとするバンドに対しての、

リスナーのニーズがなさ過ぎる。

風情と伝統を重んじる国と謳っておきながら、やはり心のどっかでは「昔の物」=「ダサい」、ひいては「悪」とまで成りうる国日本。

 

「女と夜な夜なEことしてーなー」とかの、女とヤりてーヤりてー系の歌詞、とか

楽器破壊の演出、とか

客と至近距離のハコでのモッシュやダイブとか、さ

 

演る側が各々危険性とか懸念して自重するなりするんならいざ知らず、

裏方の人間が何も始まってもせん内からやたらめったらあれダメこれダメって、

 

良い、とか、悪い、とかじゃないのよ。

そういう、演者の表現なのよ。

でさんざ取り締まっときながらちゃっかりGUNSとかRAMONESとかYngwieとかPURPLEとかシレッと好きやったりするねんって。2015年のPinkpopにSLASH&Mylesバンドが来たときの映像でも見よっか、っていう。

 

 

でどこの国でも少なからずその風潮はある。今は特に薄利多売の量産市場で飽きちゃポイの使い捨てのような風潮。切れりゃまた新しい物を買えばいい精神。音楽に対しての重みがなくなっている今の時代の典型。でも日本があまりにその傾向が顕著すぎて酷い。

次々新しいものを取り入れて行かんと、昔からずっと何も変わらん奴はすぐに飽きられてポイ。

今更?になる。当人は昔ながらの歴史と伝統を重んじてやっているはずが、そういう音楽志向を理解できない今の奴らには聞く耳も持たれない。

 

初心の心を忘れずに、じゃないねん。この場合。

初心の心を、忘れてまで、っていう。

  

多分な。もしかするとそこまでせざるを得んなっとるんやと思う。

 

Rock'n'Rollが悪いなんてイメージの時代は、もう終わった

今のRock'n'Rollはもう猫も杓子もギター持ててそして歌える

 

それって根本的に、

Rock'n'Rollではないよね。

 

Rock'n'Rollって、そういうことじゃないよね。根本的に。

 

よし、

 

永ちゃんを聞きやがれ、若人よ。

アホの無駄話

セーターん中に重ね着する用のんとか、ちょっとした背広(テーラード)の上から用とか、そうでなくても一枚着であろうと

でなかろうと、あろうと、兎にも角にも、あろうことか、何も考えずに

普段着けする用としてYシャツの、

完全フォーマルだろっていう洗濯糊パッキパキ系のYシャツを買ってしまった、大分前の話。

コンフォートシャツの存在を

今になって初めて知った

 

と言ったら多少語弊があるんだが。

 

コンフォートシャツの存在を今になって知った、というよりかは

そやつの存在は、知っていた。

ただ正式名称を知らずに、そしてどう言ったシチュエーションに向いてるかってのをよく知りもせず、ってやつ。

だから今まで幾千数多色んな服を集めて来た中にそのシャツは確っっっ実にある。

多分「取るに足らんただのインナー」的感覚で持ってたんやで間違いない。

そんな硬っ苦しいシャツ、クリケットセーターとかカーディガンのインナー用として、どう考えても合うわけが無かろーがぃ。こなれ感が全く出んやろがぃ。

 

…………今ggったんだが。

そのセーターの中にシャツ着崩してる奴でパッと思いつくので一番馴染み深いQUADROPHENIAに出てるデイブの写真を見たのだが。

 

ポロシャツであった。

Yシャツではない。

 

俺は、アホなのか?

やったぜ、ウチのドラマー連れて早い所1月中旬くらいには前々から目ぇ付けてた場所に行けるかも知れねーぜハッハ、、、はい明けましておめでとうござい〼。

明けましておめでとうござい〼。

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最近では男勝りなヒロインのことを、「雄んなの子」とかいう言い方までするのか。「雄」んな、ね(笑) ウマいこと言うよなあバーチャル世代よ。

俺は鉄道のことは詳しいほうじゃないけど

日本の公共交通機関の歴史は、俺ん中で勝手に、1964年の東海道新幹線開業を節目に

それ「以前」、「以後」 と捉えている

 

まぁもっと言うと、国鉄が分割民営化によって解散して、完全に日本国の政府の物から新たに「Japan Railway(JR)」として各地方の民間のものになった1987年、

 

その年を節目にする人が殆どなような気がするが、

 

やはり日本文化の発展とかそういう動きから俺は、まぁ勝手ながら見てて

 

第二次世界大戦でアメリカに負けてアメリカの支配下に置かれた(って言い方もあんまりやねんけど)日本が、相次いで入ってくるアメリカからの文化

 

そんな中日本が高度成長期を向かえ、やがて1964年に開業される、

日本初にして世界初の、最高速度を記録する鉄道「新幹線」の誕生。

時代の先を行った日本の強みの一つ。なんか、0系の誕生の話見てたらほんま、戦後の新たなる日本の始まりって感じがする。

 

1966年、最初にして最後の大事件「THE BEATLESの初来日」

当時の日本の保守派や、日本武道館の会長ともなる人間の反対意見や抗議の運動諸々を突っぱね大成功に収める来日公演。

日本そして英米の音楽を初めとしたその後の国のあり方が目まぐるしく変わっていく。既定の概念を覆す全てがそこにはあるような。突如出現したBEATLESを中心に。

 

その3年後の1970年には古今東西あらゆる国が全勢力を上げて大阪で開催された「万国博覧会」。

 

というかあの時代にまず日本に万博を招致出来たこと自体凄いのに。

 

矢継ぎ早に日本があれよあれよと進化していくのが手に取るように分かる。旅客高速鉄道史上世界一を誇った「0系新幹線」の誕生を皮切りに。

 

あの新幹線が、まさに戦後の、20世紀以降の生まれ変わった新たなる日本の発展と改革を担った象徴のように見える。

 

だから、新幹線の誕生である昭和39年、1964年を日本の歩む長くも輝かしい鉄道史の、節目にしてる。

凄い勝手やけど。

その周辺の年に日本で起きた出来事が正直余りに凄まじ過ぎるからよ。

 

という、米英のポップアートや、ミッド・センチュリーやレトロ・フューチャー文化*1にズブズブにハマりハマって侵されてる、

そんな矢先に、

 

連れと京都鉄道博物館なる場所に足を運んだ奴のたわ言です。

 

あそこはね、日本の技術と歴史のアルバム博物館なんです。

行けば分かる。

 

最近気付きましてん。

 

ミッド・センチュリー、それが果たして一体全体なんなのか、が、手っ取り早く分かる方法。

 

それはね。

 

大阪万博

岡本太郎作品と

キューブリック作品を見れば、あらかた分かる。

 

何かに酷く傾倒してる人間、革命家、発明家、

そういった人らって

皆もれなく、病んでんなーって。(笑)

*1:20世紀が始まる1900年から21世紀突入までの100年の間の、ちょうど真ん中の年代に当たる1950~60年に流行した、当時日本にアメリカやイギリスの文化が次々に舞い込み、その後のハイカラな日本の未来の姿を想像し投影したかのような最先端のアートや作品等を俗に指す

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最近部屋のメインモニター(っつって良いのか)のRCAの線の、右と左で音の出方が怪しい

1シーズン1回位の頻度で右だけ音引っ込むのはなんだ
接触か。「毎度お馴染みのー、」か。

 

それもそうやけど、今気付いたんだが

YESの神懸り的奇跡の名盤「Close to the Edge」

これをLPで聞いていたのだが。

 

最近16Bitデジタル音しか聞いてなかったもんで

また久々に8cm CDシングル期’80~’90s黄金J-POP時代の音楽沼に浸かっておりましてですね。

 

長いスパン空けて聞き出したと思った物がこれまた「Close to the Edge」とかいう元祖プログレ、音数の鬼の嵐系でよ。それをアナログで、って言う。

そのスピーカーが、やっぱり定位感の有無とか以前の問題。

低から中、高音まですべからく音の大嵐やから、その音の量にまるで付いてこれない。よくよく聞いてたらスコーカーもツイーターもビリビリ歪みおる。

前レコードばっかしいっぱい流してた時に何かのタイミングでこのLP入手して、初めて流した時の、もう!

度肝抜かれたあの凶悪の、凶器にして突き刺さるような破壊的サウンドどうした(笑)

 

レコード音源こいつにいっぱい流してまた馴染ませんと。こなれささんと勿体無い。デジタル音源以上の音域をしんどがりおる、ユニットが(笑)