一部執集

― 怠慢と追求の巧い駆け引き ―

9月の更新以来大分ご無沙汰しちゃったな。てかもう今年も残すとこあと1ヶ月ちょいじゃん。

もう早ブログに飽きてる自分がいるのか。怠慢なのか。

はたまた違う理由があるのか。

 

いずれにせよ何のために書いてるのかそのブログ更新の意義が日に日にボヤッとしてきております。ダメぢゃん。

誰が見ているのか。いや正直誰も見ていないのではないか。惰性で書いて毎回最終的にただの自己満足で終わるまさに誰得自伝ともとれる更新。

こっちから強請むもんじゃないのは重々分かってはおるのですが、どなたかコメントくれたら幸いでございます。コメントくれると結構「見に来てくれてる」って実感が沸きそうなので。

自分の性格的に主婦などが付ける日記のように、日々定期的に残すというのに向いてないのかも知れませんね。

自発的に何か行動を起こすってなると俄然腰が重くなるタイプ。正真正銘の「今時タイプ」と言われ兼ねん。いつだったかそんな風な言われ方することに関して然程興味はないといったことを書いたような気がするが、かと言って別段気持ちの良い物では決してないわけで。TVやラジオのように電源さえ付けたら特に聞きたくも見たくもなくても目に耳に入ってくる物は、何がどうあれただ受動的でしかないわけです。垂れ流しのように流れてくるもんですし、こっちが何か仕向けたわけでもない。そこに転がった本に目を通すくらいのもの。ベッドから手の届く範囲内に常に欲しい物や、まあ例えるなら小説があって手に取り読む。最近太宰治人間失格おもろいしなー。

別にブログにしてもその程度のもんなんだろうけど、どーしてかなー、受動的能動的とは関係なく、誰が見てんねん、誰も見てない可能性だって十分にありうる物を、日によっちゃその日、ひょっとしたら今書いてる話だって若干怪しい、そして誰の目にも止まりゃせん触れもせんそんなもの打ってて何のためになるのか。

決定的な、「書かなきゃいけない確固とした要因」みたいな、著名人のオフィシャルブログやTwitterやそんなものだったり。ファンがいるからさ、何をしてたってファンは必ずいるから、皆に注目されてる分その都度その都度現況報告したりしなきゃいけない。そのためのツールの一つでもあるしさ。つまりそういった分かりやすいモチベーションというかそんなんがあれば、というか誰もがそういうのを望んで何かやるわけであってそこに執着する時点でダメだけど。「○×しなくちゃいけない」みたいな。強迫観念にも似た。(連れにも居るわ、そこに囚われすぎて他人から見た自分ばかりよく見せようと足踏みして自我を完全に見失ってるアホが)

ただ、とは言えそんなのが何もないのもこう、つまんねーです。(笑)更新意義を失いつつあるし。

んなわけで

 

別に特に理由あって停滞してたわけでも何でもないんじゃけど、再び、始めます。

見てください(笑)差し出がましいのは分かっておりますが、ここは一つ。

 

Moody Bluesは結局全体で言うと「夢幻」より遥かに「失われたコードを求めて」のほうがプログレしてたし何よりサイケトリップしてた。何となくそんな気はしてたけど薄々。

残酷な天使のテーゼ」のシングルで初めて「Fly Me To The Moon」とカップリングになってリリースされた8cm CDをいまだ入手出来ずにいる私でございます。これ。

 

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