一部執集

― 怠慢と追求の巧い駆け引き ―

この間タイトルで「エヴァの綾波だミサトだ何やかんや~だけでバーボン軽く千ショットはいける」っつったけど、もう一人忘れてることに今日気付いたからここに追加す。「本仮屋ユイカ」。マスター、スタウトさらに10パイント追加よろしく。

その時代その時代の、モダニズムと言うべきかトレンドと言うべきか、各々の時代や風潮に沿った流行の音楽をやる音楽家という意味では、それぞれのやってること自体に大差はないんやろうけど。

 
時代が違うし、それに伴って演る人間聞く人間の音楽そのものの概念の違いがありすぎる。
 
音楽に対する重みがよ。

 

受け入れられる物 - 受け入れられない物(ひいては見向きさえもされない物)
 
圧倒的に受け入れられないを通り越して見向きされない物の方が占めてる。
 
よく言うでしょう。
「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「興味がなくなる」ことだと。
 
大人や目上の人に言われたでしょう。
「怒られてるうちが花だ、何も構ってくれんなったときが一番ヤバイ時」と。
 
そこにあって当たり前、どこでも聞ける、飽きた、古い、ダセェ、前時代的、二番煎じ。
何やってもこれ。
 
それが良いか悪いかは別にして、確実に演る側も聞く側も肩身が狭く窮屈になってきてる。
何弾いても何聞いてもどっかで聞いたことのある曲、音、メロディー、歌詞。
愛だ恋だ、好きだ嫌いだ、頑張れ負けるな立ち上がれを、繰り返しても過去にもう誰かが言った言葉。
 
どういう経緯があって、今の若者は何かに取り憑かれたように執拗に生音ではなく打ち込み音に執着したがるのか知らんが。
 
「とりあえず」、音楽には触れたくて、打ち込み。
「なんとなく」。
 
もう今の奴らって、俺の推測やけど、生音ないしRockとかのギターベースドラムの生楽器音楽ってだけでちょっと身構えてまうんやろうな。
 
「軽く」聞けない、「楽に」聞けない、
 
「だから」打ち込み系のミュージシャンに自ずと走る。
 

ここの違いってなんなわけ?

 
あのジャスティン・ビーバーだって、過去の誰かの何らかの偉大な人の影響下あってのあの人の曲やと思うんやわ、少なくとも。
意識的であっても無意識的であってもな。
完全なる無から、何かを生み出したわけではない気はする。
 
人間ってそうだし。
辞書引いても分かる通り、【学ぶ】という言葉の語源は【まねぶ】という単語が転じて生まれた物。
誰かの真似をし、自分の物へと昇華していく。
 
しかしそれをどこで間違えたか、
もう音楽なんて、あってもなくても変わりないという境地にまで達している。
 
需要がない物を売り出しても意味がない、
聞かない、CDを買わない、
で売れる物が流行りの、もうどっかで聞いたことのあるような似たり寄ったりなもんばっかに偏ってくる、それに媒体がCDから全てデータ配信物。
オンラインで配信さえしておけば、気に入ったリスナーが気が向いた時にでも落としてくれる。とりあえずな。
 
というか音楽を聴く媒体がそもそも全部スマホっていう時点で全て狂ってんだよ。笑ろてまうって。そのせいでCDショップに足運ぶその行為自体がカッタリーって。
 
もう終わりじゃん。
 
音楽ってそうやって聴く物じゃないの。
を手に入れに、自らの足で、手で、出向く。
 
手元で、とか指先でとかじゃなく、さあ。
 
でもそのためのiTunesカードは残高底付きそうになったらわざわざ買いに出向くんだろ。
やってることやってること(爆)
 
やってることやろ(爆)
 
その足でTSUTAYAタワレコHMV行けや。
 
Ringo Starrが「今、BEATLESジャスティン、ジョイントツアーで前座務めるとしたらどっち」の記者の質問に「そりゃジャスティンだろうが」と一蹴したっていうニュースを読んだ時の、
俺の苦言でした。
 
その天秤、間違ってる。