一部執集

― 怠慢と追求の巧い駆け引き ―

そうか、古典的なBluesを、一番最初に、本当の意味で全く姿かたち変えんまんまRock的アプローチで演り始めたのって、やっぱFleetwood MacとかFREEとかを産んだ、他でもない「イギリス」やってんな。

何というか、Blues好きとしてかなり重要なことを今の今になって気づいたような気がする。

 

やっぱ名前こそ知っておきながら見聞きしたことないバンドやミュージシャンにも

ちゃんと目を向けるべきやな。

 

正直、今まで「Blues」っていう米国のルーツの音楽文化を、Les Paulないしソリッドボディなギターで音を出すことそのものに凄い違和感があった。

余りにも時代が偏りすぎてたからかも分からんけど。

自室やスタジオでも、Bluesが好きやからって、なおかつ自分自身「Les Paul」がメインやからって「Les Paul」というギターで歪ませてBlues的弾き方をする時、

なんとなく、妥協にもちょっと似た感覚に陥っていた。

本当の昔ながらのMemphisやNew Orieans発のClassic Bluesっていうのは、本来であればホロウ、箱モノで大なり小なりアコースティックな要素のあるギターで弾いて然り、っていう先入観みたいなのがあったから、

Bluesの本家本元であるルーツであるMuddy Waters、Robert Johnson、T-Bone Walkerとかばっか聴いてただけに。

 

んでかと思えば、そういう昔ながらのBluesに影響を受けまくった人とは言え、結構時代の飛んだ、かつ自分たち独自のジャンルが完全に確立されているBIGすぎるミュージシャン。

そういう人らからの影響もあって、自分もそういうギタリストに倣ったりしてさぁ。

 

Joe PerryJimmy Pageが、ソリッドなギターで、なおかつMarshallとかで歪ませて、それが「Blues」、ってことに凄い違和感があった。

んでGary MooreのBluesギタリストしての世界での評価のされ方。

あの人は言わずと知れたLes Paul奏者。そのGary Mooreの演奏がBluesと認知され、世界的に評価される。

 

好きで、音の出し方やスタイル、弾き癖なんかが好きで、自分の中で勝手に「これがBlues的弾き方」と言い聞かせながら弾いては来たけど、

うん、

言い聞かせてたんだよ、多分。

いや本当は、どこかで。

その人らが弾くギタースタイルがBluesと銘打つことにどことなく違和感みたいなのがあった。

んでその人らのように自分もLes Paulを肩から提げて弾くのを、好きで昔ながらの古いスタイルでってのはあったけど、なんとも声高にLes Paulを持った状態で「これがBluesだ」と胸張って主張できない抵抗感みたいなのがあった。

 

そうか、

 

 

他でもないイギリス人が、一番最初に、古典的なBlues的アプローチのまんまの物を、

Rock要素に盛り込んで名声を得たことに由来するのか。

んでそういったミュージシャンが好んで弾いたギターこそが、

「Les Paul」と。

 

Fleetwood Mac、Peter Greenの登場。

 

言うたら、Bluesを、全くの古典的BluesのままRock的サウンドやスタンスで演る、

それをやり始めたのが、他でもない「イギリス」。

 

Blues Rockというジャンルそのものが、実はイギリス発祥の文化ってことに今になって気付いた。

 

てっきりJohnny WinterとかDuan Allmanやらの出現が「Blues」が「Blues Rock」となる始まりとされてんのかって思ってたけど違うんやな。

いや、違うわけでもないんやろうけど。

だからそこに、ある種その時代の一大イギリスブームにも若干乗っかってるじゃないけど。

1960年から約10年間の間のイギリスのポピュラー音楽文化の飛躍力ってとてつもないもんやったから。時代が時代だけに。「イギリスからの」、ってだけでちょっと「お?」って、「まったヤバいんちゃうん?」って、思う節は当時は少なからずあったように思う。

 

そして、案の定ヤバかったっぽい

 

激動も激動の、60年代のBritish Invasion、そしてそれ以降のサイケ&プログレムーブメント、Hard Rockムーブメントがあまりに輝かしくデカ過ぎたからとは言え、

そこに一切目を向けてなかったのは不覚の極み。

不覚ここに極まれり。

何がBlues好きだ、

 

俺みたいな半端もんがまだまだBlues好きとは豪語しちゃいけん気がする。

 

にしても米国が産んだBlues文化って、余りにも現代音楽全ての根源であるがゆえに

アメリカ独自の文化として絶対的に守られるべき物、他国の何処にも侵すことの出来ない見えない鉄壁というか

アメリカの人間以外の誰にも超えることの出来ない厚い壁みたいなのがあるように思っててんけど、違うみたいやな。

特にイギリスなんて、その頃元々アメリカ側では土臭くBluesやJazz、Country、今の商業音楽の基礎が全て詰まってる中、ずっとオーストリアやドイツと並んでクラシックの歴史が世紀を超えて続いて由緒正しい国、

そんな文化の国が、全くの真逆で見ず知らずなアメリカのそういう文化なぞ取り入れれるわけがなかろーが、みたいなさ。

分からんけど、そういうのってあったような気がする。するし、俺個人的にもそんなこと勝手に思ってた。

アパルトヘイト問題もあるし。黒人が白人の全てを侵してはならん時代やったし。ましてや白人がアメリカの黒人文化を取り入れるとか、まあーーーまあまあまあ、問題外問題外みたいな。

んでなおかつBluesってやっぱアメリカ以外のどの他の国の人間がやってもその人その人独自のジャンルに変化しちゃうっていうか、まぁ結果論でしか言われんのやけど、

「Blues」という名の、別の新しいジャンルになり音になる。

多種多様、ある意味どんな風にでも色形を変えられる物やから余計に。

またあらゆるRockからの枝分かれ的な新しいジャンルが有り触れてる中で昔ながらのまま何の今の新しい要素も取り入れないままの音楽をやるって言うほうがまず難すぎたのかも知れんし。

でトリガーやルーツはそこにあったとしても、そういうのもあってそこに間違いなく独自の何かが+αする。

日本での、特に大阪ブルースって言われてるものも、「それってブルースか?」って思うのも世間一般ではブルースになってたりする。まぁこうなったらしょうみ聴く人各々の価値観よ。

ほら、CREAMにしろRolling StonesにしてもYARDBIRDSにしてもZEPPELINにしても。

CREAM率いるEric Claptonなんかも、Robert Johnson崇拝レベルでかつ世間からも指折りのBluesギタリストと謳われるけど、やっぱ正統派Bluesミュージシャンかと言われるとちょっと違う。

どうにも病んでるし、80年代以降に入るとブラック・コンテンポラリー主体とあらば段々ありとあらゆるジャンルに手を付け出す。今やサポートミュージシャンなんてJazzもFusionもBluesも垣根などねえ。っていう。Nathan Eastだし。

まぁかつての「偉大なる、時の人」止まりで終わりたくないんやろうね。最前線で、常に「今」を走る、「今」出す曲で「今」のチャートに載りかつトップに居るにはある程度その時代の流行に乗っておかんならん、というのが心情なんやろう。

ZEPPELINとかもモロよ。Muddy WatersやらWillie Dixonからの影響モロに受けてて至る所でカバーもしまくってるけど、もはや誰かに言われるまでその人らの曲のカバーだとは誰も思わん。

それが凄いところではあるんやけど勿論。

特にJimmy Pageが色んなことしすぎ。歪ませすぎ+色んな音出しすぎてほぼほぼ自分だけの何かにすらなっちゃってる。

BluesだのRockだの、そんな固定概念を最強クラスで根こそぎ破壊してるバンドやと思う。あんな音量音圧やから、一応便宜上「Hard Rock」で括られてるけど、なんとも一口では言い難いマジで難しすぎるバンドやわZEPEELINに関しては。

 

でもやで。本場アメリカ以外の、別の国の人が演るBlues史上、

おそらく一番普通に「Blues」な気がする。Fleetwood Macって。

ただその媒体、自体はエレクトリック主体で増幅された音なだけであって。

 

俺が愛してやまないKozzoffさんの居るバンド「FREE」でさえ、後々で言われるちょっと「ソウル」感漂ってるし。ちょっとだけ前衛的よなあのバンド。

 

そんな純Bluesを、純BluesのままRockにした「Blues Rock」なるものを産んだと言われてる、

イギリスのバンド「Fleetwood Mac」のギタリストPeter Greenが、

Les Paulメインだった。

だから、そこに影響を受けまくった後継ミュージシャンは、こぞってLes PaulでBluesしまくる。

 

後々の数多のBluesを愛するミュージシャンが、アルバムなりで敬意を表しカバーし、クレジット内に当たり前のように名を連ねる者としてRobert JohnsonやらB.B.KingとかAlbert Kingとかのレジェンド達が並ぶ中に一緒に、

今やStop Messin' Aroundが、至る所でジャンルを超えて当然のように名が入る。

 

Fleetwood Macって、すごすぎ。

やっぱBluesレジェンドの一組であるべきと認知されてる証拠か。

 

これで安心して俺もこれからLes Paulで爆音でBlues出来る。

 


PETER GREEN'S FLEETWOOD MAC - 1969 - "Stop Messin Around"