一部執集

― 怠慢と追求の巧い駆け引き ―

ソ連の事をチラチラッとggってると思うんやけどさー、

なーんか世界各国、昔も今も、凄くフラッフラのガタガタで、

その危うい状況を、

本当にデカいものが倒れかけようとした、それに気付いた本当ごく一部の数少ない人間がそん時だけ、間に合わせにも似たような様子でとりあえず支え持ち上げようとする

常にその連続で世界をどうにかこうにかずーっと今まで辛うじて繋いでこれたように見えてくるよな。

 

昔よりかは今のほうが平和にはなったって言う人は言うけど、

 

いやー多分ある意味何も進歩しとらん。

 

ギャースカ騒ぐか、黙ってるか。

目に見えるか、見えないか。

 

今と昔の違いってたったそこだけのように思う。

 

愛と平和をって、

 

色んなそこに至るまでの道筋は各国各々やり方や考えや企てあるんやろうけど最終極地は多分皆少なからずそこで

でも常にそこを年頭に置いてるつもりであっても本当のところはどこに向かっていけば良いか全く分かってない。この先何十年何百年後どこに行き着くのかサッパリだ。ポルノグラフィティの鉄槌って曲での「スプーンで抜け穴を掘る」ってフレーズは本当よく言ったものだと思う。

まぁ、分からなくしてる人間が、いるからこそなんだろうが。工作の時間に皆一緒に物作ってる最中に余計な気を起こしたいらんことしぃがそれを阻みにくると同じでさ。

いやー、マジで絵に描いたようなフラクタルの法則だ。

 

表裏一体、表あらば裏ありのように

平和を平等を、と謳って切磋琢磨しとる奴がいるってことは、

もう一方でそれだけ気に喰わんと思ってる人間も存在している。

作りたい奴と壊したい奴がいて、やっぱり今後の道になるであろうより良いもの作りたい、そう思う他の連中もなるべく多く味方につけて、どないかして壊したい奴らとそいつらの引き起こす問題事に片を付ける。そうしながら進めるべき物は進めて、

でもどんどん問題事がでかくなっていく。作りたい奴らの出来上がっていくものに比例して。ましてや今やそれ以上に問題ごとのほうがでかなって、

それを対処するのにあまりに追われすぎて歩を進めるのが段々と滞ってきている。それゆえ当初の目的を忘れそうになっている。本来何を自分たちはしたかったのか。

要は、哀しき哉、その作りたい奴の進歩してきたことによって、そりゃもう必然的にそれだけ片方の壊したい側にも知恵を付けてしまうことになる。増長するわ、色んな考えが回るようになるわで。壊したい側も今のご時世もう殆ど優等生ばかり。いらんことしぃ=アホって風潮も今や時代遅れか。寧ろキレ者揃いかもしれない。

 

そして歩を進めたい人間の立ち往生して足踏みを延々ずっと繰り返して、

んで、今日がある気がする。

 

地盤が危うくてそっちこっちに倒れそうになってるものを、それに気付いた極少数の人間が気付いたときだけ必死で受け止めて、また元に戻してやる。

 

今も昔も、常に世界って、それを繰り返してきたように見える。

 

そしてほんまにこのまま行けば、ソ連崩壊ならぬ「全世界崩壊」も本当に現実問題になってくるんかも知れん。まぁまたソ連の場合は話が違ってくるけど。

作りたい側と壊したい側、お互いがお互い刺激し合って肥大化し過ぎた挙句、やがては限界が来て

全てがぶち壊しみたいな。

 

罰ゲームとかでよー使う巨大風船の二つが一個の部屋にあんのと同じよ。

膨らまし始めて、お互いがお互いの風船の膨らみを見るなり我先に我先にデカくしたろうって必死になって結局デカなりすぎて挙句仲良く一緒にドカン。

 

相手がトラブったりしくじったときにただ藪から棒に激昂してガミガミ言うて、で結果相手を切れさせて悶着起こして、、、って、そんなんじゃ始まるもんも始まらん。

その、怒り方を考えていかにその相手が理解して今後気ぃ付けるようにさせるか。

 

そういう所から、多分ちょっとずつ変わってくる。